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Vol.09[鉄工職人:SUNNY SIDE STUDIO 高嶋さん]

こんにちは、東西南北の東です。
桜が散り、もうすぐ初夏ですね。

暑い夏が来るその前に、
熱い鉄工を自在に加工する鉄工職人さんをご紹介します。
私もこちらのスタジオへお邪魔したことがありますが、とってもオシャレで驚きました!
では、詳しいお話を聞いてみましょう(*^^*)

 

ブランドのコンセプトについて
教えてください

サニーサイドスタジオでは、お部屋やお店の空間に合わせた
アイアン製品を1からオーダーメイドで製作しています。

薄暗く怖いイメージのある鉄工所を、
もっと明るく、気軽に訪れる事のできる場所にしたいという想いから、「みんなの鉄工所」というコンセプトでやっています。

金属製品を個人の方がオーダーするというのは敷居が高く、
それを少しでも下げたいなと思っています。

なので、接客や身だしなみにも気を使いますし、場内も綺麗にして、入りやすい雰囲気作りを心がけています。

 

昔なりたかった夢は何ですか?
子ども時代はどんな子でしたか?

子供の頃はみんなでワイワイ遊ぶより、一つの事を黙々とするのが好きでした。紙や段ボールで色々なモノを作って遊んでいましたね。

モノづくりに熱中してくると晩ご飯も食べずに、完成するまでひたすら作っているような子どもでした。

 

鉄工職人になったきっかけを
教えてください。

父方、母方とも祖父が職人でした。
働く姿を見たり話を聞いて育ったので、自然にモノ作りを仕事にしたいと考えるようになりました。特にきっかけというのが無くて自然に職人になったという感じですね。

 

お祖父様について教えてください。
どんな方でしたか?

父方の祖父は製材職人でした。数年働いた後、退職金代わりに貰った大きな丸ノコ一つで製材屋を開業しました。その後、独学で建築を勉強して工務店を立ち上げたそうです。

最初建築に関しては素人だったので近所で家が建つという噂を聞いては現場に駆けつけ、構造を見て勉強したそうです。お城やお寺に行けば構造が気になると言って、勝手に床下に潜り込んで調べていたそうです。
今ならニュースになりますよね(笑

一方、母方の祖父は農鍛冶屋の2代目として農具の製作、修理をして生計を立てていました。街に大きなホームセンターが出来て安く農具を買えるようになってからは仕事は減り、随分と苦労したそうです。

それでも使い慣れた工具をずっと使いたいという方や、街に出る事が難しい高齢の方の為に最期まで工房を開けていました

サニーサイドスタジオを立ち上げる際には父と母から祖父の話を聞いて参考にしたり勇気付けられたりしましたね。

2人とも個性的で、人間的に魅力を感じました。自分もそんな職人、というよりお爺さんになりたいですね。

 

普段生活している中で、
これは職業病だなぁと感じる事はありますか?

橋や駅舎の鉄骨や、バイクのマフラー等の金属製品があると必ず溶接部を見て触ってしまいます。
また金属以外でも古いモノを見ると、どうやって作られているのかとか、どんな材料を使っているのか、とかを観察するクセがありますね。
もしこんなオーダーが来たらこの仕様は応用できる!とか常に考えているので、職業病だなあと感じます。

 

今まで作った作品の中で
お客様との思い出深いエピソードなどありますか?

とある商店の暖簾掛けを製作させて頂きました。通常であれば柱や壁に穴を空けてビスで固定するのですが、お店が入る建物がご依頼主の曽祖父様が建てられた、築120年の古民家でした。

とても大切にしてきたので、建物にはキズや穴は空けたくないというご希望でした。しかもとても狭い軒先に設置する為、一体型では入らず、分割して現地で組み立てる仕様でなんとか設置する事ができ、とても喜んで頂けました。

お客様の要望や想いをお聞きして一緒に作り上げる事ができたので、とても印象に残っています。

 

あなたにとって作品とは
どのようなものでしょうか?

お客様が欲しいと考えたモノを、金属で形にしたもの。ですね。そのまんまですが(笑

ただ強度や使い勝手、より良いデザインはどんどん提案させて頂き、完成した際には期待や想像を越えられるよう意識しています

ワンクリックで簡単にモノが買える時代に、わざわざオーダメイドで製作するので、要望には出来る限り答え、喜んで頂けるよう毎回知恵を絞っています。

時にはお客様と一緒にああでもない、こうでもないとアイデアをぶつけ合うこともあります。お客様と二人三脚で作り上げていくイメージですね。

 

おもいでnaviをご覧の方に
メッセージお願いします。

子供の頃、鍛冶屋の祖父に火花が飛び散るところをもっと近くで見たい!とせがみました。すると祖父は鉄板を切って、のぞき穴付きの盾を作ってくれました。その盾の影に隠れて仕事を見ていた思い出があります。

今思うと自分の仕事を孫に見せたかったのだと思います。
寡黙でそんなに沢山話をした記憶はありませんが、金属を叩く音やコークスの匂いは思い出として残っています。

そんな思い出があったからこそ自分も今、職人として仕事をしているのだと思います。

サニーサイドスタジオでは溶接のワークショップも開催しており、沢山の方に溶接を楽しんで頂いています。
モノづくりを通して楽しい思い出を作って頂ければ嬉しいです!

お気軽に遊びに来てくださいね。

 

====サニーサイドスタジオ 高嶋洋和=====

幼少期に鍛冶屋の祖父の仕事を間近に見て、モノづくりの魅力を知る。

高校卒業後、大阪美術専門学校金属工芸学科で金属加工を学ぶ。
同校卒業後、職業訓練学校で本格的に溶接の技術を習得。その後ガスパイプラインの溶接士として全国の現場を飛び回る。

その後革問屋の営業や、機械メーカーの資材調達の仕事に携わり、
2017年サニーサイドスタジオを立ち上げる
http://sunnysidestudio.jp
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